今回は、これまでの絵本紹介から少しアプローチを変えまして、大人のための絵本「解釈」をHARUさんに紹介していただきます。
その絵本が作られた時代背景や著者の個性を知ることで、いつも読んでいる1冊が新しい物語として見えてくるかもしれませんね。
◎コクリエの大人のための絵本の会では、月に1回絵本好きの大人が集まって、この記事を寄せてくれた絵本専門士さんを囲んでおしゃべりしています。初めての方も歓迎。次回開催: 2025年2月16日(日)。詳しくはこちらから。
『せかいいちおいしいスープ』作・絵/マーシャ・ブラウン、訳/こみやゆう、岩波書店、2010年
【あらすじ】
昔、3人の兵隊がとぼとぼと歩いていました。
戦争が終わり、故郷に帰る途中で、3人はとてもはらぺこでした。
ある村に立ち寄り、村の人に食事と寝床を乞うのですが、村の人々は首を横にふるばかり。皆、兵隊に分ける分はない、と実は食べ物を隠して素知らぬ顔をしていたのでした。
そこで兵隊たちは知恵を絞ります。そして、村人たちに「石のスープ」を作ることを提案したのです。
おいしい石のスープとは!?
と興味を持った村人がどんどん集まってきて、鍋を持ち寄り、次々に材料が集まり−と、石のスープはおいしくおいしく完成していくのです。兵隊たちの機転にくすっと笑える民話からうまれた絵本です。
- マーシャ・ブラウンが描いた西洋民話の世界
さて、この絵本は『三びきのやぎのがらがらどん』で知られる、コールデコット賞を3度も受賞したアメリカの名高い絵本作家マーシャ・ブラウンによるものです。
彼女の作品には、外国の民話、昔話を色鮮やかに描き出したものが多くあり、どれもぜひ子どもたちに手渡したいあたたかな魅力があふれています。
今回ご紹介する絵本の原書は、1947年アメリカで出版された『STONE SOUP』。
日本での初版は1979年ペンギン社(訳/わたなべしげお)による『せかい1おいしいスープ あるむかしばなし』、そして2010年岩波書店(訳/こみやゆう)からの『せかいいちおいしいスープ』と続きます。
この経緯からも、クラシックな絵本として長く人々に愛されていることが伺えます。
題名にふれると、原書では『STONE SOUP』(石のスープ)と直接的な表現でややネタバレぎみな題であることに比べて、日本の訳は「せかい1おいしいスープ」という言葉で兵隊の知恵を表現しているところが秀逸に感じます。
翻訳を経て日本語版に訳されることで、また日本の作品として昇華されていく醍醐味と言ってもよいでしょう。
さて、本作はノルウェーの民話(『三びきのやぎのがらがらどん』もノルウェー民話です)を再話したものです。兵隊たちの機転により、頑なだった村人たちが進んで食材を提供し、世にもおいしいスープができあがるのですが、村中でお祭りのようにスープを囲み盛り上がる場面は、騙された村人たちが滑稽なようでいて、反面なんだかみんながハッピーになれたこのうえない幸せな展開のように感じます。
皆で歌い踊り、温かなスープをお腹いっぱい食べる、戦争のあとに疲弊した人たちが迎えられた一晩のにぎやかな食卓がこの後も人々の心を癒したのではないかと想像できます。
- クラシック絵本で垣間見る 文化と時代背景
さて、ここで最後に触れたいのが、クラシック絵本の魅力です。
それは、長く愛される良質なお話に触れられるだけでなく、当時の時代背景を垣間見ることができるという点です。
おいしい石のスープの作り方を教えてくれた、と3人の兵隊たちは夜も村で歓待され、「村いちばんのベッド」に招かれます。そして彼らが眠ったのが「牧師」「パン屋」「村長」の家だったのです。
さて、ここで、村の長である村長、宗教者である牧師が財産と権力を持っていたことは分かりますが、
「パン屋」の家によいベッドがあるのはなぜ?
とは思いませんか。
その理由は、この物語の文化と時代背景にヒントがありそうです。ここで、『メルヘンの深層 歴史が解く童話の謎』(森義信、講談社現代新書、1995)から引用してご紹介します。
“西欧中世の人々は、収穫した穀物を粉にしてパンやお粥にして食べていましたから、製粉は日常生活に欠かせない仕事でした。略…水利権をもつ領主が水車の設置権を独占していき、農民は領主が指定する水車小屋でしか製粉できなくなります。”
そこで、水車小屋の経営を委託されたのが粉ひきでした。そして、その委託された中には、製粉量の手数料を取り立て領主に納めたり、居酒屋の開設権やパン焼き権、ビール醸造権などの特権を獲得していったというのです。
つまり、主食であるパンを作るための製粉こそが重要な仕事であり、コミュニティの権力者がその権利を委託し特権を持っていたのが粉ひき、ないしパン屋だった、ということなのです。
『長靴をはいたねこ』で粉ひきの息子が登場するのも、貧しい家業だったのではなく、長男に特権を有した家業を独占されて相続にあぶれた、という意味合いがあったのかもしれません。
さあ、この背景をふまえると、兵隊たちが過ごした村の描写の一つひとつがより興味深いものになってきますよね。
このように、クラシック絵本を深く深く味わってみると、また新鮮な発見とともにお話を味わえるのではないかと思います。
ぜひ皆さんも新たな視点で物語にふれる絵本体験を感じてみてくださいね。
絵本専門士 藤井遥