【絵本専門士HARUの絵本時間】クリスマスを待ちわびるメキシコの女の子『クリスマスまであと九日 セシとポサダの日』

『クリスマスまであと九日 セシとポサダの日』作/マリー・ホールエッツ、アウロラ・ラバスティダ、訳/たなべいすず、冨山房、1974


【あらすじ】

クリスマスがもうすぐです。

はじめて自分のポサダのお祭りをしてもらえることになった女の子、セシはその日を待ちわびています。ポサダとはなんでしょう? メキシコでは、クリスマスの前の9日間、毎晩どこかの家でポサダのパーティーを開くのです。そして、子どもたちが一番楽しみにしているのが、ピニャタ割りです。中にお菓子などを詰めたくす玉のようなものを、みんなで割るのです。

メキシコの人々の生活を情景豊かに描きながら、クリスマスを待ちわびる一人の女の子を姿を描きます。

▼ メキシコのクリスマスって? 世界のクリスマスを知ろう

クリスマスツリーを飾って、ご馳走を囲んで食卓につく。眠っている夜の間に、きっとサンタさんがやってくる、と子どもたちは楽しみにしている–私たちのよく知るクリスマス、欧米のクリスマスとはこのようなイメージでしょうか。

しかし、メキシコのクリスマスはまたその風習が少し異なるようです。クリスマスが間近にせまって浮き足だつ女の子セシを中心に、このお話の中では、メキシコの日常風景が情感たっぷりに描かれています。

セシがふと眺める往来には、きれいな自動車がいれば、とても貧乏で靴を買えないおじいさんが歩いていったり、赤ちゃんを背中におぶり花を売りにいく行商の女性が忙しなく行き交います。はたまた、キャンディやおもちゃ、たくさんの種類のピニャタがつるされた、クリスマス前のにぎやかなマーケットなど、メキシコの人々の生活ぶりや文化背景を知りながら、そのクリスマスを感じることができます。

日本人の多くの人にとっては、信仰心はなくとも当たり前のように風習として楽しみ、待ちわびるクリスマス。それは、あまねく世界中の人々が家族や仲間とともに過ごし、あたたかな気持ちに包まれることができる日です。こんな万国共通の行事ってやはり何にも変えがたく大切なものだと感じます。

ヨセフとマリアなどお人形を持って行列になり、聖歌を歌いながら歩くセシたち。その頭上に光る、セシの大きな星の形をしたポサダがなんとも荘厳で、神聖さを感じます。指折り数えて行事を楽しみ、すねたり、笑ったり。感情豊かな等身大の小さな女の子、セシの姿に愛しさを感じながらお話を味わえるはずです。

国際色豊かな本作、生き生きと、あたたかに描かれたメキシコのクリスマスの情景をぜひ皆さんも触れてみてくださいね。

絵本専門士 藤井遥 

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【絵本専門士HARUの絵本時間】こころも身体もぽかぽかになるおふろ絵本『山のおふろ』

『山のおふろ』文/村上康成、徳間書店、2003、amazon

【あらすじ】
白い雪景色の森の中。スキーを履いて山の中を散歩していた兄妹は、凍えていたトガリネ
ズミを見つけます。トガリネズミを助けたことをきっかけに、雪山の中の動物たちが集ま
るお風呂に辿りつきます。この絵本はしかけ絵本になっており、両開きで開いたときの動
物たちのなんともいえない気持ちよさそうな顔が大きな魅力の1冊です。


▼ 子どもだけが出会える、山の中の秘湯!?

秋めいてきたと思ったら、ぐんと寒くなってきましたね。先日、急に思いたって子どもとサフィール踊り子に飛び乗り、熱海で温泉に入ってきました。もわりとゆれ立ちのぼる湯気の中、ぽかぽかとしたお湯に浸かっていると、なんだか心も体も癒されていくような気
がします。

さて、本作は季節は少し早いですが、雪景色の中の不思議なお風呂のお話です。トガリネ
ズミを助けたことから、「やあ、いい湯だよ。入っておいで。」とまねかれて、兄妹は動
物たちと森の秘湯につかることになります。

雪景色の中、動物たちと湯けむりたちのぼる
温泉につかる−なんて、楽しそうで夢のような体験なんでしょう。

まるで自分も体験しているかのように、じんわりとした優しさと温かさの満ちた思いを味わうことができます。きっとこの絵本を何度もめくりたくなるのではないかな、と感じます。


また、ぜひ堪能していただきたいのが村上康成さんの描く自然の描写です。彼の作品は、
どれもかわいらしい絵柄の中にも、鳥や動物たち・自然への敬意と造詣の深さが伺いしれ
ます。その一つ一つをじっくり眺めてみるのも本作を味わえるポイントです。


最後にお風呂といえば、小さいお子さんには、とよたかずひこさんの「ぽかぽかおふろ」
シリーズの『もりのおふろやさん』(ひさかたチャイルド、2010)も秋にぴったりでおす
すめです。おふろ絵本もたくさん出ているので、疲れたとき、心も体もあたたかくなりた
いとき、ぜひ手に取ってみてくださいね。


絵本専門士 藤井遥

HARUさんの絵本の時間 #5「あひる」食べるとは、生あるものの命をいただくこと



『あひる』作/石川えりこ、精興社、2015年

あらすじ

庭にある鶏小屋に、起きたらすぐにたまごを取りにいくのが「わたし」の仕事です。

ある日隣町のおじさんから、体の弱ったあひるが届きました。「わたし」と弟は、すぐにあひるに夢中になります。あひるの眠る様子をじっと見つめたり、次の日には学校から急いで帰って川で泳がせたり。川で運動をして、えさを食べると、あひるも少し元気になったようでした。

さらに次の日も、先を争うように弟と帰ってきた「わたし」は、「あひるがおらん」と気がつくのでした。夕ごはんの支度をしているお母さんのところに駆けつけると、台所はお醤油と砂糖の混じったいい匂いでいっぱいでした。その日の夕飯は、「わたし」も弟も大好きな野菜とお肉の煮物。「あひるじゃないよね」と尋ねる弟に、お母さんは優しく答えるのでした。

命をいただくことを真正面から見つめるとき


著者の子ども時代を絵本化した本作。『ひよこプロジェクト』を開催しているコクリエにぴったりな絵本です。自分たちが食卓で美味しくいただいているお肉は、どこからくるのか。どんな姿をしていたのか。命をいただく、というその痛みとありがたさを感じさせてくれます。

作者の子供時代は、家庭で鶏の生んだ卵を調理して食べ、年を取ったら順番にしめて食用にしたり、庭で野菜を育て、時にご近所の方と物々交換をしたりする−なんてことが生活の中で行われていた時代です。

急に姿の見えなくなったあひる。お母さん、おばあちゃんの作る美味しい煮物。いつも食べているお肉とは違う、少しかたい肉。不安になり、「あれ、あひるじゃないよね」と尋ねる弟に、「ちがうよ」とお母さんは弟の顔を見ながら優しく答えます。

でも、「わたし」は気づいているのです。「あひるじゃなければよかったのにな…」と。

皆さんだったらどう答えますか?

この絵本では、おばあちゃんの受け答え、表情にも注目です。優しい嘘をつくか、つまびらかに真実を話すか、本当のことを告げず見守るか−。皆さんだったらどう子どもたちに答えるでしょうか。そして、子どもたちはどう受け止めるでしょうか。

命のやりとりを身近に感じ、まさにその命を糧に作者は大きくなってきたと話します。食と命の関係を見つめ直す機会をくれるこの絵本。お子さんとのじっくり話してみるきっかけになるはずです。

絵本専門士 藤井遥

(2023/5/24 メルマガ原稿より)

●コクリエでは HARUさんをお招きして 毎月 大人のための絵本の会を開催しています。もっと話を聞いてみたい、絵本専門士さんや絵本好きな人たちと話をしたいという方はぜひ体験でいらしてみてくださいね。