【絵本専門士HARUの絵本時間】ほんとは「ええこやねぇ」と言ってもらいたい。子どもの本音に気づく 『おこだでませんように』


『おこだでませんように』くすのきしげのり作、石井聖岳絵、小学館、2008  amazon

【あらすじ】

ぼくはいつもおこられる。

妹を泣かせてしまったとき、女の子に虫を見せて驚かせてしまったとき、給食を盛りすぎてしまったとき、ぼくはいつも怒られる。友達と喧嘩したときだって、本当は意地悪を言ってきたのは友達なのに、ぼくだけ先生に怒られる。

そんなとき、ぼくは黙って横を向く。本当は「ええこやねえ」って言われたい。だから……。

『おこだでませんように』は、七夕の短冊に、一生懸命願いを込めた男の子のお話です。

「ええこやねえ」と言ってほしい ある男の子の願い

横を向いて、涙をこらえ怒ったような顔をしている男の子。この絵本の表紙に描かれた印象的なカットにまず目を引かれます。

この絵本は、先日の「涙活」がテーマの絵本の会でご紹介した1冊です。

いつも怒られてばかりの1年生の男の子が、慣れないひらがなで、時間をかけて、一生懸命に1枚の短冊に書き出した「おこだでませんように」という一言。

大人はどうしてもこの一言に、そしてその短冊が大きく描かれたページに惹き込まれ、涙を誘われます。それは、日々のなかで取りこぼしてしまっていた、「愛してるって伝えてほしい」という子どもの純粋で切実な願いに改めて気づかされるからなのだと思います。

毎日を過ごす中で、ともに過ごす子どもたちの思いや表情に、わたしたちはどれだけ気がつけているでしょうか。

見落としてしまっている表情、取りこぼしてしまっている感情はどうしてもあるはずです。それはもうしょうがないことだとは思います。

みんなが一生懸命生活していて、それぞれの役割を担って頑張っているはずだから。

でも、そしてだからこそ、子どもの本音に気がつけたときには、ぎゅっと抱きしめて「ええこやねえ」と言ってあげたい、とこの絵本は思わせてくれます。

七夕に込められたこの絵本の男の子の願いに心動かされたとき、みなさんは七夕の願いをなんと願うのでしょうか。願わくば、すべての子どもたちの願いが叶いますように。

どうぞみなさま、素敵な七夕の夜をお過ごしください。

絵本専門士 藤井遥

【絵本専門士HARUの絵本時間】サイレント映画を見るような静けさを味わう 『かさ』


『かさ』作・絵/太田大八、文研出版、2005、amazon

【あらすじ】

雨が降りしきる中、大きな黒い傘を抱えて歩いていく女の子。

友達とすれ違い、線路を越え、歩道橋を渡って、めざす先は駅でした。

白黒の背景の中を、赤い女の子の傘だけがカラーで描写される表現によって、女の子の心情や歩みに注目しながらその姿を追うことができます。文字なし絵本なので、サイレント映画を見るように、読み手の想像力を膨らませながら味わえる1冊です。

自分が少し大人になったような嬉しさを感じて 小さな女の子の冒険

この絵本では、雨の降る白黒の情景の中を、赤い女の子の傘が進んでいく様子が描かれています。

この絵本のページをめくっていくうちに、鬱々としてしまうような降りしきる雨の中の、目をひくその鮮やかな赤い傘に、わたしたちはどうしても惹きこまれていくのです。

先日、私が誕生日を迎えた日に、小学生の娘が「何か買ってきてプレゼントしてあげる!」と自分のお財布を首にかけて一人で近くのコンビニへ買い物に出かけました。親としては、一人で出歩かせることに少しの心配もありましたが、自分のお小遣いで自分の足でささやかなながらもプレゼントを買いに行く、ということに張り切り誇らしげにしている娘の表情を見たら断ることはできませんでした。そんなとき、この絵本の女の子もこんな気持ちだったのかな、とふと思いました。

大人にとっての普段の駅までの道は、目的の場所に辿りつくための移動時間でしかないかもしれません。

けれど、赤い傘の女の子にとっては、道すがらのさまざまな出来事がどれも新鮮でどきどきわくわくの連続に感じられるのでしょう。鮮やかに映える傘の赤は、まるで女の子の高揚した気持ちを表しているようです。

お父さんの少し重い傘を脇に抱え、お父さんの力になれることが少し誇らしくもあり、また一人で駅までの道を進むことにうきうきした冒険心にあふれている様子がドラマチックに描かれています。

街中の定点カメラから眺めているような画角の効果により、雨の中歩みを進めていく女の子の姿を追いながら、私たちもしっとりとじっくりと眺めて感情移入していくことができるのです。

お父さんの黒い大きな傘が開かれて赤い傘の出番は終わったとき、親子のほっこりするラストにも注目です。

絵本専門士 藤井遥 


文字がなくても しとしと降る雨の音が聞こえてくるような、しっとりと味わえる絵本ですね。

【絵本専門士HARUの絵本時間】思春期・反抗期の子どもと親の距離『キスなんてだいきらい』

キスという愛情表現は日本ではなじみがないかもしれませんが、世話を焼いたり、失敗しないように気遣ったり、心配のあまりいろいろ言いすぎてうるさがられたり・・という経験がある人は多いのではないでしょうか? 成長は嬉しいけれどちょっと寂しい、そんな微妙な感情を捉えた一冊でした。

と、いきなり感想を述べてしまいましたが、みなさんはどう感じましたか?

(コクリエMK)


『キスなんてだいきらい』作/トミー・ウンゲラー、訳/矢川澄子、文化出版局、1974、amazon

パイパーは思春期の男の子。いつまでも子ども扱いをしてキスをしてくるお母さんにうんざりする毎日でした。

ある日、学校で喧嘩をして大怪我をしたパイパーを見て、お母さんは大騒ぎし、親子の一悶着が起こります。

男の渋さを醸しだすお父さん、治療も過激で無愛想な看護師さん、風刺がピリリと効いたトミー・ウンゲラー節がこぶしを効かす 大人も読みながらにやりとしてしまう絵本です。

文化出版局から1974年に出版され、2023年に好学社から復刊されています。

わが家には4月から小学生になった息子がいます。慣れない登校のために、毎朝約束の場所まで送っていって別れるのですが、彼は何度も振り返り、手を振りながら学校へ向かっていきます。その姿に手を振りかえす度に、いつかはこの惜しげもない母親への愛情表現が鳴りを顰める時がくるのかな、という寂しさを予感しています。

欧米ほど愛情の表現のキスの習慣が浸透していない日本でも、やっぱり親としては愛しい我が子に愛情表現はしたいですよね。手をつないだりキスをしたりハグをしたり−。でも、やはり小学生くらいの時期になると「お母さん、離れて」と言われてしまったりするなんてこともよく耳にします。

この絵本でも、思春期のパイパーは自分の世界を持ち始めています。

なにに対しても反抗心がむくむく起こり、流血ありの喧嘩をするわ、クラス公認のかなりヤンチャなタイプ。親の不可侵の領域を確立しているのですね。それでも、喧嘩をする仲間とは意外と心が通じ合っていたりなんだかんだ自分の世界をうまくまわしています。

でも、息子がかわいくってしょうがないお母さんはやはりパイパーが心配で。

パイパーは悪さもするし喧嘩もしますが、成績は悪くない賢い子です。そう、だから全部わかっているんですよね、きっと。

母親の愛情もちゃんとわかっているけれど、自分の友達づきあいのメンツがあり、人前で愛情表現をすることが気恥ずかしいお年頃。自分のテリトリーを確立しようとする子どもの境界線を超えてしまったとき、お母さんとパイパーの一悶着が勃発したのでした。

ぜひ文章には出てこない背景の描き込みや登場人物にも注目してほしいところです。

トミー・ウンゲラー自身の辿ってきた体験も少なからず投影されているのでは、と考察もできますがそれはまたいつかの絵本講座でご紹介したいと思います。

他、『どうして、わたしはわたしなの?−トミー・ウンゲラーのすてきな人生哲学』(トミー・ウンゲラー/著、アトランさやか/訳、現代書館、2021)もおすすめです。フランス哲学雑誌『ファイロゾフィー・マガジン』の人気連載の書籍化で、ウンゲラーのイラストがたっぷり収録された彼らしい哲学問答を楽しむことができます。

最後に、喧嘩をしたとしても何事もなかったように笑顔でパイパーを迎えられるママはさすがです。親への愛情をなんだか素直に示せない、そんなときは花を買って手渡して伝えてみればいいんじゃないかな、と思わせてくれる母の日にぴったりの1冊です。

絵本専門士 藤井遥 

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