HARUさんの絵本の時間 #4「どこいったん」ーかもしれない・・余韻を残す絵本の怖さと楽しさ


 

『どこいったん』  作/ジョン・クラッセン、訳/長谷川義史、クレヨンハウス、2011年

あらすじ

「ぼくの ぼうし どこいったん?」

くまが、お気に入りの赤いぼうしを探して聞いてまわっています。

「しらんなぁ」「みてへんで」「ぼうしって なんや?」

誰も知らないという、ぼうし。

思い返してみると・・・誰かの姿が思い浮かび、くまはその動物のもとにかけ戻りますが−。さて、無事、くまの手元にお気に入りの赤いぼうしは戻るのでしょうか。

「どこいったん!」大阪弁のゆるい言葉とのギャップから生まれる、怖さ

私が味わい深いと思う絵本とは、世界が広がったり想像の余地のある、「余韻のある絵本」であるという持論があります。

さて、この『どこいったん』という絵本には、どきっとするような余韻が漂っています。絵本の中で、くまが自分のぼうしを盗ったのではと疑った相手は、うさぎでした。

「し、しらんよ。なんで ぼくに きくん?」

「ぼうしなんか とってへんで。」

あまりにも怪しいうさぎの様子。

そのセリフは、絵本でも赤字で記されており、さらに怪しさ濃厚です。

のちにその様子を思い返したくまは、あまりにも疑わしいうさぎのところにとって返すのですが、2匹が見つめ合ったその後、残されたのは草木の乱れたうさぎの居た場所に赤いぼうしを被って満足げに座るくまだけでした。

まさに、「どこいったん!」と叫びたくなる場面です。

いろいろな「かもしれない」

うさぎは、くまに食べられてしまったの〝かもしれない〟し、ただただ格闘の末にぼうしを取り返しうさぎは去ったの〝かもしれない〟、もしくはその乱れた草木とともにくまのおしりの下にうさぎは潰されているの〝かもしれない〟。もともと、疑わしく見えただけで、うさぎはくまのぼうしを盗ってなんかいなかったの〝かもしれない〟・・・。

きっと人によって、うさぎの行方について、ことの顛末について考えはきっとさまざま浮かび、想像はふくらみますよね。

そして、次はうさぎの行方を疑われる側になったくま。因果応報というか、業が巡るような怖さがじんわり広がる中でラストを迎えます。大阪弁のゆるいやり取りなのに、なんとも緊張感をともなうというギャップが魅力の絵本です。ぜひ、音の絵本時間に、この怖さの余韻をかみしめてみてくださいね。

(2023/3/20発行 メルマガ原稿より)

●コクリエでは HARUさんをお招きして 毎月 大人のための絵本の会を開催しています。もっと話を聞いてみたい、絵本専門士さんや絵本好きな人たちと話をしたいという方はぜひ体験でいらしてみてくださいね。  

HARUさんの絵本の時間 #3 うれしい春の訪れ 『はなをくんくん』



THE HAPPY DAY! 

『はなをくんくん』
作/ルース・クラウス、絵/マーク・シーモント、訳/きじまはじめ、福音館書店、1967年

あらすじ


雪深い森の中、動物たちはぐっすりとねむっています。
野ねずみも、くまも、小さなかたつむりまで、みんなぐっすり。

すると、目を覚ましたみんなは鼻をくんくんさせて雪の中へ向かっていきます。
みんなが集まって、踊り、笑った場所には…
春の訪れを告げるいい香りの正体があるのでした。

寒い冬の中で、春の訪れを見つける喜びを感じて


はじめ、雪の中で過ごす動物たちはモノクロで描かれています。
寒い冬の中で際立つ、動物たちの暖かそうな毛なみを黒々と(でもふんわりと−なんだか質感まで伝わってくるようなのです!)、そしてしんしんとふりつもる柔らかな雪を白が、秀逸に表現しています。

白黒の2色なのに、動物たちの動きや表情は雄弁で、寒い冬の中で織りなされるやりとりに引き込まれていきます。そして最後には、春の訪れの象徴として雪の中に咲く一輪の花のイエローが暖かに引き立つのです。

原書のタイトルは、実は「THE HAPPY DAY」。

まだまだ寒い中で春を見つける喜びは、その日1日を「HAPPY」な日にしてくれるはずです。

大人は花粉、で春を体感しつつも、日々の営みの中で少しずつ出会う春の兆しに嬉しくなる今日この頃ですね。梅の花とともに、桃の花も色鮮やかに咲く様子を見かけるようになりました。我が家でも、先日はふさふさと芽吹く時を待っている冬芽を見つけて親子で暖かな春の訪れへの期待感をふくらませました。

くんくん、春の香りが漂ってくるのもきっともうすぐ。春への期待感を胸に、みなさんどうか「HAPPY」な日々をお過ごしください!

絵本専門士 藤井遥 

(2023/3/2 メルマガ原稿より)

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HARUさんの絵本の時間 #2

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◇ 〈あちら〉側の世界の住人と出会ったとき−その理解と共存の仕方

『魔女たちのパーティー』
文/ロンゾ・アンダーソン、絵/エイドリアン・アダムス、訳/野口絵美、徳間書店、2017年(1981年、祐学社より出版。長く絶版となっていところ、徳間書店より新訳再版)

ハロウィンの季節です。
皆さんはどのようなハロウィンをお過ごしでしょうか。

【あらすじ】
ハロウィーンの夜のこと。ジャックは仮装パーティーに行く途中、月の前をほうきで横切る2人の魔女を見かけました。追いかけて森へ入ってみると、ランタンが吊るされていたり、大きな鍋があったりと、そこでもパーティーの準備がされていて−。

知らないままが、一番こわい
なんとパーティーにいたのは、「まじょ」に「こおに」に「ひとくいおに」! 普段は人間と交わることのない〈あちら〉側の住人たちでした。

かぼちゃのランタンが吊るされ、こうもりシチューを作る大鍋が置かれた森のあきち。パーティーに集まってきた〈あちら〉側の住人たちのユーモラスな会話と様子は、読んでいる私たちも、ウキウキしてきます。

さて、そんな中、彼らに見つかってしまうジャックですが、その反応は三者三様でした。「ひとくいおに」は嬉々として、ジャックを大鍋に放り込もうとします。その迷いのない行動は、彼らが邪悪、というより「ひとくいおに」たるアイデンティティを体現しているだけなんですよね。ただ、人間にとって恐ろしい行動ではありますが。

この絵本の核ともいうべき、心に残る言葉があります。ジャックをかばってくれたこおにのおかあさんの言葉です。

「あんたと しりあえて、よかった。にんげんって、らんぼうで ざんこくだって きいていたけど、あんたみたいな にんげんも いるんだね。」

相手を知らなければ、ただ恐ろしく怖い存在なだけ。でも、知ることができたら、その共存の道を探ることもできますよね。急に仲良しこよしにならなくても、いいと思うのです。

〈あちら〉側の世界と少しだけ交わった瞬間、助け合い少しだけ理解しあえることができた−ジャックとともに私たちもその一場面に立ち会えます。クラシックでちょっとドキドキなハロウィーンの夜を、この絵本を通して楽しんでみてくださいね。

絵本専門士 藤井遥 

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