【絵本専門士HARUの絵本時間】思春期・反抗期の子どもと親の距離『キスなんてだいきらい』

キスという愛情表現は日本ではなじみがないかもしれませんが、世話を焼いたり、失敗しないように気遣ったり、心配のあまりいろいろ言いすぎてうるさがられたり・・という経験がある人は多いのではないでしょうか? 成長は嬉しいけれどちょっと寂しい、そんな微妙な感情を捉えた一冊でした。

と、いきなり感想を述べてしまいましたが、みなさんはどう感じましたか?

(コクリエMK)


『キスなんてだいきらい』作/トミー・ウンゲラー、訳/矢川澄子、文化出版局、1974、amazon

パイパーは思春期の男の子。いつまでも子ども扱いをしてキスをしてくるお母さんにうんざりする毎日でした。

ある日、学校で喧嘩をして大怪我をしたパイパーを見て、お母さんは大騒ぎし、親子の一悶着が起こります。

男の渋さを醸しだすお父さん、治療も過激で無愛想な看護師さん、風刺がピリリと効いたトミー・ウンゲラー節がこぶしを効かす 大人も読みながらにやりとしてしまう絵本です。

文化出版局から1974年に出版され、2023年に好学社から復刊されています。

わが家には4月から小学生になった息子がいます。慣れない登校のために、毎朝約束の場所まで送っていって別れるのですが、彼は何度も振り返り、手を振りながら学校へ向かっていきます。その姿に手を振りかえす度に、いつかはこの惜しげもない母親への愛情表現が鳴りを顰める時がくるのかな、という寂しさを予感しています。

欧米ほど愛情の表現のキスの習慣が浸透していない日本でも、やっぱり親としては愛しい我が子に愛情表現はしたいですよね。手をつないだりキスをしたりハグをしたり−。でも、やはり小学生くらいの時期になると「お母さん、離れて」と言われてしまったりするなんてこともよく耳にします。

この絵本でも、思春期のパイパーは自分の世界を持ち始めています。

なにに対しても反抗心がむくむく起こり、流血ありの喧嘩をするわ、クラス公認のかなりヤンチャなタイプ。親の不可侵の領域を確立しているのですね。それでも、喧嘩をする仲間とは意外と心が通じ合っていたりなんだかんだ自分の世界をうまくまわしています。

でも、息子がかわいくってしょうがないお母さんはやはりパイパーが心配で。

パイパーは悪さもするし喧嘩もしますが、成績は悪くない賢い子です。そう、だから全部わかっているんですよね、きっと。

母親の愛情もちゃんとわかっているけれど、自分の友達づきあいのメンツがあり、人前で愛情表現をすることが気恥ずかしいお年頃。自分のテリトリーを確立しようとする子どもの境界線を超えてしまったとき、お母さんとパイパーの一悶着が勃発したのでした。

ぜひ文章には出てこない背景の描き込みや登場人物にも注目してほしいところです。

トミー・ウンゲラー自身の辿ってきた体験も少なからず投影されているのでは、と考察もできますがそれはまたいつかの絵本講座でご紹介したいと思います。

他、『どうして、わたしはわたしなの?−トミー・ウンゲラーのすてきな人生哲学』(トミー・ウンゲラー/著、アトランさやか/訳、現代書館、2021)もおすすめです。フランス哲学雑誌『ファイロゾフィー・マガジン』の人気連載の書籍化で、ウンゲラーのイラストがたっぷり収録された彼らしい哲学問答を楽しむことができます。

最後に、喧嘩をしたとしても何事もなかったように笑顔でパイパーを迎えられるママはさすがです。親への愛情をなんだか素直に示せない、そんなときは花を買って手渡して伝えてみればいいんじゃないかな、と思わせてくれる母の日にぴったりの1冊です。

絵本専門士 藤井遥 

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【絵本専門士HARUの絵本時間】くすっと笑って、ゆっくり休みながら『ぼちぼちいこか』

2025年4月27日の大人のための絵本の会のテーマ は「濃すぎる絵本キャラ大集合」。それに先駆けて、見ただけで こころがほんわかする、大阪弁のカバが登場する絵本のご紹介です。

頑張りすぎて いつの間にか疲れてしまう・・そんなときに「ぼちぼちやっていこう」という言葉が染み入りますね。

(コクリエMK)


『ぼちぼちいこか』作/マイク・セイラー、絵/ロバート・グロスマン、訳/今江祥智、出版/偕成社、1980、amazon

【あらすじ】

「ぼく、しょうぼうしに なれるやろか。」ホースを抱えて、煙の中でハシゴで意気揚々と駆けあがろうととするかばさん。

でも−「なれへんかったわ。」

常に心の片隅に大切に抱えていたい言葉になるはずです。

失敗したっていいじゃない。休みながら、ぼちぼちいこう。

世の中では新学期が始まり、新しい環境に進む人も、またひとつの節目としても何かと気負ってしまう4月ですよね。電車や街中にも、少し緊張した面持ちの学生や社会人が見受けられ、いつにもまして殺気だったような駅のピークタイムを春の風物詩のようにも感じます。

さて、そんなときにぜひ手に取ってほしいのがこの一冊。

いろいろな仕事にチェレンジしても、力も体もたっぷりすぎて失敗ばかりのかばさん。

ですが、そのきょとんとしたとぼけたような顔と関西弁のセリフに、読んでいる私たちが逆に救われるようです。

ラストでなかなかうまくいかず、さすがのかばさんも「どうしたら ええのんやろ。」と途方に暮れます。

しかし、そんなときどうすればいいかって? 

かばさんのようにハンモックに揺られてひと休みすればいいんです。

だめなら、一度やめたっていいじゃない。休んだっていいじゃない。生きていれば丸もうけ、なんて思いつめすぎた心をリセットさせてくれる力がこの絵本にはあります。

【休むことを教えてくれる処方薬】

この絵本の文章を関西弁に訳し、自然と笑いを誘いふっと肩が軽くなるような作品にしてくれたのが訳者の今江祥智さんです。

子どもたちなんて、読むたびにゲラゲラ大笑いするほど。原書では、なにをやっても「NO」となり、またその「NO」が大きくなっていくというおかしさがあり。それぞれの良さがありつつも、私たちには今江さん訳がしっくりくるのかなぁとも感じます。

ときに、『頑張れ!』『負けるな!』という叱咤激励よりも、「ま、ぼちぼち いこか」と休むことを教えてくれるような言葉のほうが心にじんわりと効く処方薬になるのではないかな、と思います。

絵本専門士 藤井遥 

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【絵本専門士HARUの絵本時間~考察編】時代背景を知る! 深読み解釈で味わう絵本 「せかいいちおいしいスープ」

今回は、これまでの絵本紹介から少しアプローチを変えまして、大人のための絵本「解釈」をHARUさんに紹介していただきます。

その絵本が作られた時代背景や著者の個性を知ることで、いつも読んでいる1冊が新しい物語として見えてくるかもしれませんね。

◎コクリエの大人のための絵本の会では、月に1回絵本好きの大人が集まって、この記事を寄せてくれた絵本専門士さんを囲んでおしゃべりしています。初めての方も歓迎。次回開催: 2025年2月16日(日)。詳しくはこちらから。


『せかいいちおいしいスープ』作・絵/マーシャ・ブラウン、訳/こみやゆう、岩波書店、2010年

【あらすじ】

昔、3人の兵隊がとぼとぼと歩いていました。

戦争が終わり、故郷に帰る途中で、3人はとてもはらぺこでした。

ある村に立ち寄り、村の人に食事と寝床を乞うのですが、村の人々は首を横にふるばかり。皆、兵隊に分ける分はない、と実は食べ物を隠して素知らぬ顔をしていたのでした。

そこで兵隊たちは知恵を絞ります。そして、村人たちに「石のスープ」を作ることを提案したのです。

おいしい石のスープとは!? 

と興味を持った村人がどんどん集まってきて、鍋を持ち寄り、次々に材料が集まり−と、石のスープはおいしくおいしく完成していくのです。兵隊たちの機転にくすっと笑える民話からうまれた絵本です。

  • マーシャ・ブラウンが描いた西洋民話の世界

さて、この絵本は『三びきのやぎのがらがらどん』で知られる、コールデコット賞を3度も受賞したアメリカの名高い絵本作家マーシャ・ブラウンによるものです。

彼女の作品には、外国の民話、昔話を色鮮やかに描き出したものが多くあり、どれもぜひ子どもたちに手渡したいあたたかな魅力があふれています。

今回ご紹介する絵本の原書は、1947年アメリカで出版された『STONE SOUP』。

日本での初版は1979年ペンギン社(訳/わたなべしげお)による『せかい1おいしいスープ あるむかしばなし』、そして2010年岩波書店(訳/こみやゆう)からの『せかいいちおいしいスープ』と続きます。

この経緯からも、クラシックな絵本として長く人々に愛されていることが伺えます。

題名にふれると、原書では『STONE SOUP』(石のスープ)と直接的な表現でややネタバレぎみな題であることに比べて、日本の訳は「せかい1おいしいスープ」という言葉で兵隊の知恵を表現しているところが秀逸に感じます。

翻訳を経て日本語版に訳されることで、また日本の作品として昇華されていく醍醐味と言ってもよいでしょう。

さて、本作はノルウェーの民話(『三びきのやぎのがらがらどん』もノルウェー民話です)を再話したものです。兵隊たちの機転により、頑なだった村人たちが進んで食材を提供し、世にもおいしいスープができあがるのですが、村中でお祭りのようにスープを囲み盛り上がる場面は、騙された村人たちが滑稽なようでいて、反面なんだかみんながハッピーになれたこのうえない幸せな展開のように感じます。

皆で歌い踊り、温かなスープをお腹いっぱい食べる、戦争のあとに疲弊した人たちが迎えられた一晩のにぎやかな食卓がこの後も人々の心を癒したのではないかと想像できます。

  • クラシック絵本で垣間見る 文化と時代背景

さて、ここで最後に触れたいのが、クラシック絵本の魅力です。

それは、長く愛される良質なお話に触れられるだけでなく、当時の時代背景を垣間見ることができるという点です。

おいしい石のスープの作り方を教えてくれた、と3人の兵隊たちは夜も村で歓待され、「村いちばんのベッド」に招かれます。そして彼らが眠ったのが「牧師」「パン屋」「村長」の家だったのです。

さて、ここで、村の長である村長、宗教者である牧師が財産と権力を持っていたことは分かりますが、

「パン屋」の家によいベッドがあるのはなぜ?

とは思いませんか。

その理由は、この物語の文化と時代背景にヒントがありそうです。ここで、『メルヘンの深層 歴史が解く童話の謎』(森義信、講談社現代新書、1995)から引用してご紹介します。

“西欧中世の人々は、収穫した穀物を粉にしてパンやお粥にして食べていましたから、製粉は日常生活に欠かせない仕事でした。略…水利権をもつ領主が水車の設置権を独占していき、農民は領主が指定する水車小屋でしか製粉できなくなります。”

そこで、水車小屋の経営を委託されたのが粉ひきでした。そして、その委託された中には、製粉量の手数料を取り立て領主に納めたり、居酒屋の開設権やパン焼き権、ビール醸造権などの特権を獲得していったというのです。

つまり、主食であるパンを作るための製粉こそが重要な仕事であり、コミュニティの権力者がその権利を委託し特権を持っていたのが粉ひき、ないしパン屋だった、ということなのです。

『長靴をはいたねこ』で粉ひきの息子が登場するのも、貧しい家業だったのではなく、長男に特権を有した家業を独占されて相続にあぶれた、という意味合いがあったのかもしれません。

さあ、この背景をふまえると、兵隊たちが過ごした村の描写の一つひとつがより興味深いものになってきますよね。

このように、クラシック絵本を深く深く味わってみると、また新鮮な発見とともにお話を味わえるのではないかと思います。

ぜひ皆さんも新たな視点で物語にふれる絵本体験を感じてみてくださいね。

絵本専門士 藤井遥